仙台堀切川モデルについて
なぜ、仙台堀切川モデルは成功したのか?
林 聖子 氏
亜細亜大学大学院
アジア・国際経営戦略研究科委員長・都市創造学部教授
- 略歴
- 公益社団法人日本看護協会看護研修センター図書館(司書)、一般財団法人日本立地センター立地総合研究所総括研究主幹を経て、2016年4月より亜細亜大学都市創造学部教授、2021年4月より大学院アジア・国際経営戦略研究科委員長を兼任し現在に至る。2011年度~2015年度放送大学非常勤講師、2013年度~2015年度亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科非常勤講師。
研究・イノベーション学会参与・前副会長(業務理事・筆頭総務理事・評議員を歴任)、産学連携学会監事(2007年7月~2021年6月理事、2021年7月~監事)、アジア・国際経営戦略学会評議員、他に次の学会の正会員:組織学会・産業学会・日本地域政策学会・日本知財学会・三田図書館情報学会。
文部科学省地域イノベーション戦略推進地域選定委員会・地域イノベーション戦略支援プログラム審査委員会委員、同中間評価検討委員会委員(2011年度~2016年度)。経済産業省経済産業研修所地域政策プロフェッショナル研修講師(2011年度〜2013年度)。経済産業省及び文部科学省等公募事業審査委員多数、東京農工大学産業技術専攻教育課程連携協議会委員(2019年度~2022年度)、NEDO「官民による若手研究者発掘支援事業における研究開発テーマの実用化に向けたマッチング支援・情報発信業務」採択審査委員会委員(2021年度~2023年度)。JSTイノベーション人材育成委員会委員(2013年度~2016年度)。山形県科学技術会議委員(2011年度~2018年度)。その他官公庁委員多数。
公益財団法人全日本科学技術協会理事(2017年度~現在に至る)。一般財団法人新技術振興渡辺記念会評議員(2023年度~現在に至る)。
明治大学卒業、慶應義塾大学卒業、東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科イノベーション専攻博士後期課程単位取得後退学。
東北大学名誉教授堀切川一男先生(以下、堀切川先生)は、2024年1月23日までに企業との産学官連携で277件の新製品・新材料開発(以下、新製品等開発)をしておられます1。日本における大学教員個別の産学官連携による新製品等開発件数の統計データを見たことがありませんが、おそらく、堀切川先生の新製品等開発件数がダントツであると想定されます。
堀切川先生は2004年度仙台市地域連携フェローに就任されてから、中小企業との産学官連携でロードレース用自転車タイヤ「REDSTORM RBCC」、高圧絶縁電線自動点検装置「OCランナー」、RBセラミックス粒子配合ソール材を用いた耐滑サンダル等、新製品等を次々と開発されました2。そこで、「御用聞き型企業訪問」、「寺子屋せんだい」、「希望する中小企業との新製品等開発」の活動を、堀切川先生の了解を得た上で、2006年産学連携学会で「仙台堀切川モデル」と命名させていただき、公表いたしました3。モデル名を何故つけさせていただいたかというと、堀切川先生は仙台堀切川モデルの活動当初より、永久に地域連携フェロー活動をするわけにはいかないので横展開していきたいと論じておられたからです。
なぜ、仙台堀切川モデルは成功されたのでしょうか。堀切川先生はいずれの地域でも企業の技術相談に無料で対応され、希望する地域中小企業との新製品等開発に専門知と事業化知(構想知)を提供しておられます2。仙台堀切川モデルの活動は、東日本大震災後、福島県、宮城県大崎市、山形県上山市、青森県、それらの地域間広域連携へと横展開され、各地域での異なる産業構造や立地企業数及び業種、人口規模等を勘案し、各地域の特性を踏まえた各々の堀切川モデルの仕組み及び活動スタイルとして発展しておられます4。堀切川先生の深く広いトライボロジーのご専門の知見はもとより、提唱・実践しておられる、次の①から⑥のような徹底したフィロソフィーや価値観等により、素晴らしい実績が次々と生み出されているのだと考えられます。①地域中小企業のニーズ主体の新製品等開発であること、②新製品等開発にお金と時間をかけないため、競争的資金獲得目的企業が参集してこないこと、③ミニマム目標を設定し、一刻も早く上市し、市場からのニーズを製品等の改良や次の製品等開発へフィードバックするので、連携先中小企業は目標達成という自信がつき、オーバースペック防止にもつながっていること、④新製品等開発の早期にチームでネーミングするため、チームが一丸となり新製品等開発に取り組めること、⑤無料での御用聞き型企業訪問&技術相談のため、連携先中小企業に費用負担の不安が無いこと、⑥知財は大学の機関帰属とせず、企業帰属とするため、連携先中小企業側にライセンスフィー負担や煩雑な事務手続きへの不安が無いこと、です5、6。
さらに、スター・サイエンティストとも同定される堀切川先生7のフィロソフィーや価値観、費用負担の心配の無さ等に加え、堀切川先生を核とする支援チームが連携先中小企業とフラットな関係性でチーム一丸となっての活動は、エドモンドソンが提唱する問題解決やイノベーション創出において一時的にチームを組んで学習しながら実行するチーミングであり8、そこには上下関係等が無く、エドモンドソンが提唱する心理的安全性が担保されているとお見受けします9。また、アマビールとクレイマーが感情、認識、モチベーションの3要素の相互作用であるインナーワークライフを向上させることが、組織や個人の創造性及び生産性向上に効果的と論じるように10、堀切川先生を核とする新製品等開発チームはミニマム目標達成の達成感等によりインナーワークライフが向上し、継続的に新製品等を開発できているのではないでしょうか4、10。
以上が仙台堀切川モデルが成功し、今後も新製品等が一層継続的に開発されることが期待できる要因です。地域中小企業との連携で多数の新製品等開発という実績があり、地域産業の振興に寄与し、各種理論にもフィットしている堀切川モデルは、日本を代表する地域産学官連携スタイルであると考えられます。
参考文献
- 堀切川先生へのメールヒアリング(2024年1月23日他多数)
- 林聖子(2020)「中小企業のイノベーション創出を支援する堀切川モデルによる地域産業振興」『都市創造学研究』,第4号,pp.87-105.
- 林聖子(2006)「仙台堀切川モデルの成功シナリオに学ぶ産業支援機関の産学連携による地域振興」『産学連携学会第4回大会講演予稿集』,pp.18-19.
- 林聖子(2023)「中小企業と産学連携でイノベーションを創出している堀切川モデルの発展要因」『研究・イノベーション学会第38回年次学術大会講演要旨集』,pp.106-109.
- 林聖子(2022)「中小企業と継続的にイノベーションを創出している堀切川モデル」『研究・イノベーション学会第37回年次学術大会講演要旨集』,pp.373-376.
- 林聖子(2021)「コロナ禍でも産学連携でイノベーションを創出し続ける堀切川モデル」『都市創造学研究』,第5号,pp.87-97.
- 林聖子(2020)「中小企業のイノベーション創出を促進する堀切川モデルとスター・サイエンティストに関する一考」『研究・イノベーション学会第35回年次学術大会講演要旨集』,pp.670-673.
- エイミー.C.エドモンドソン(2012),Teaming: How Organizations Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economy,Jossey-Bass(野津智子訳(2014),『チームが機能するとはどういうことか:「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ』英治出版).
- エイミー.C.エドモンドソン(2019),The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth,Wiley(野津智子訳(2021),『恐れのない組織:「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』英治出版).
- テレサ・アマビール,スティーブン・クレイマー(2011),The Progress Principle: Using Small Wins to Ignite Joy, Engagement, and Creativity at Work,Harvard Business Review Press(中竹竜二監訳・樋口武志訳(2017),『マネージャーの最も大切な仕事:95%の人が見過ごす「小さな進捗」の力』英治出版).